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AUC版PBWをやってみよう企画のリプレイバックナンバーや、AUC関係の管理人のSSを保管している場所です。
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幕間(2→3)
初掲載日:2012/3/2



 刻碑暦1000年3月。5ヵ国間休戦協定当日。

 ノエルは陸鑑きぬごしを<<黄金の門>>が見通せる丘の上に停泊させ、談話室で部隊の面々とお茶を飲んでいた。
 既に各地での紛争は収束しており、現在は傭兵も全て解雇している。
 談話室に居るのは、ノエルと少尉、ブラン、ハク、聖護院。waiβの基本メンバーだけである。

「<<黄金の門>>がキラキラしてるっきゅ~」
 談話室の大窓に張り付いて、興味深そうにしっぽをぱたぱたさせている少尉。
「<<黄金の門>>が戦乱を収めるために召還した英雄達を送還しようとしている、という噂は本当なのでしょうか?」
「まあ、元の世界とやらに還るために戦ってた連中が大半だからな。皆、元の世界に家族も友人も居る。人生もある。……あるべき場所に戻る、それだけのことだ」
 湯飲みを両手で包み込み不安そうに呟くブランに、ハクが言い聞かせるように返す。

「博士も還られるか」
 うしゃぎの武人とは思えぬ優雅な所作でティーカップを口に運ぶ聖護院。
 その言葉に、亜高速で振り向いた少尉と不安げなブランの視線がノエルを射抜いた。
 何かの測定器をいじりながら聖護院お手製クッキーを頬張っていたノエルは、二人の視線に顔を上げるといつも通りのほわわんな笑みを浮かべてみせた。




「あたし、還る予定ないわよ~?」
 その言葉に、少尉は窓から身を翻しダッシュでノエルに飛びついた。
「ホントかっきゅ? ちゃんと人間に戻してくれるっきゅ??」
「戻せるかどうかは先進医療が使える人材が確保できるか次第よぉ? 保管してある肉体さえちゃんと治療できればいいんだし。そもそも本体の脳波を人工の体と接続してるだけだしねぇ」
「……博士がお医者さんも覚えればいいっきゅ」
「ナマモノは専門外だしぃ。っていうか、ほんっとにあたしがナマモノ扱うようになってもいいの? 倫理的な意味で」

「…………」
 ノエルの言葉に少尉は返す言葉が見つからなかった。
 生き物まで本格的に改造し始めたらどうしよう、あんなクリーチャーやこんなクリーチャーが世に蔓延ってファンタジーな世界が一変ホラーになってしまうんじゃないか……。
 そこまで考えたところで、あまりの恐ろしさに少尉は考えるのを諦めた。

「まあ、<<黄金の門>>が別世界の医者を召還してくれない限り難しいかもしれないけど~……っと」
 ノエルの言葉を遮るように、手元の測定器が小さなアラーム音を響かせた。
 ノエルは目を細めてそれを確認すると、少尉の頭をひと撫でし、クッキーを二つばかりつかみ取って立ち上がった。

「ちょっと研究室行ってくるわ~」
「もう正午だが。昼食はどうする?」
「ん。すぐ済むから適当に~。クッキーありがとね、美味しかった」
 背中に掛けられた聖護院の声にのほほんと返し。
 談話室の扉に手を掛けたところで室内に振り返ると、三年を共に過ごした仲間達へ柔らかな笑みを浮かべて扉を閉めた。




 研究室の奥に飾ってある虹色の結晶。
 それは、ノエルが元の世界で採取した惑星の鉱石。
 この世界に召還された時に唯一持っていた品である。

「あと、二分」
 正午――休戦協定会議が始まる時間まであと二分。
 ノエルは合成水晶板のケースに飾ってあった鉱石を手に取ると、壁の時計に視線を移した。

『この時代が終わる』『次の時代』『巻き戻る』。
 英雄戦が終わった辺りから、一部の傭兵達の間で囁かれ始めた言葉の片鱗。
 意味は知らない。知識がない。
 けれど、推測は出来る。
 それを元に各地で調査を続けていた折、核心を突く情報を某探偵事務所で入手した。
『この世界は戦乱の三年を繰り返している』。
 そこまでの情報が手に入ったなら、考えるのは次のことだ。
『何故繰り返すのか』『何故そんな現象が起こっているのか』。

 英雄戦終了後からの数々の難題は、生粋の研究者であり探求者であるノエルの心をかき立てた。
 こんな面白い研究課題があるなら、つまらないじじい達に嫌みを言われながら面倒な抗争や政略に発明を悪用される元の世界に還る必要なんかどこにもない。
 むしろ、永遠に年を取らず記憶を持ち越したまま三年を繰り返すなら好都合なくらいなのだ。

「……あと、五秒」
 巻き戻るとしたら休戦協定が始まる瞬間。
 <<黄金の門>>の開放率も計測してある。
 期限は間違いないはずだ。

 『次の時代』でwaiβの面々始め交流を持った人々と再会出来るかどうかが心残りではあるけれど……そこまで考えて、ノエルはくすりと笑みを浮かべた。
(あたしが、こんな感傷に浸る日が来るなんて……ね)

 元の世界には親しい人間など居なかった。
 プライドに凝り固まった小うるさいじじい共。ノエルを利用しようと浅知恵を巡らせる為政者共。
 心を許せるのは、ノエルが養女として引き取られる前から屋敷に仕えていたうしゃぎの使用人達と、最愛のおかーさんだけだったのに。

 あたしは変わった。
 それは良いことなのか悪いことなのか知らないけれど。
 あたしは変わった。

「三、二、一……」






――さよなら、世界。






 暗転。


 一転して、そこは一面の闇だった。
 手にした虹色の鉱石が放つ淡い光だけが手元を染める。
 ノエルはゆっくりと右を見、左を見、手元の石をランプよろしく掲げると虚空に声を投げかけた。

「呼びつけておいて椅子もないなんて、随分と不作法なのね。ねえ? ……グレイ・クレイマン」
「これは失礼。高名なる博士にして黄金<<英雄>>の雛鳥であるお嬢さん」
 何も見えない暗闇から、良く通るテノールの返事が返った。
 同時に、ノエルの左横に華奢な細工が施された木製の椅子が現れる。

「あら、それってHERMITになり損ねたあたしへの嫌みかしらら?」
 ノエルは遠慮無く椅子に腰掛けると白衣をはだけて足を組んだ。
 その向かいに、虚空に腰掛け張り付いたような笑みを浮かべた男――グレイ・クレイマンがその姿を現した。
 闇に白く滲むようなノエルと、暗闇に溶けてしまいそうなグレイ。
 対照的な二人は、それぞれ内心の伺い知れない笑みを浮かべて対峙した。

「蠱毒(こどく)……って言うんだったかしらね? 何処かの世界の言葉で」
「……」
「強力な毒虫達を一つの入れ物に入れて喰らい合わせ、最強の一匹を作り上げる外法。……似てると思わない? この世界。虫を英雄候補に置き換えれば……ねぇ?」
「……」

 無言を貫くグレイ。ノエルは手の中で虹色の石を弄びながら先を続けた。
「あなたが喩える錬金術とも近しいわねぇ。でも、造りたいのは本当に黄金なのかしら」
「さて、なんの事でしょうね?」
「本当は、黄金錬成の過程に錬成される賢者の石を手に入れたいんじゃないかって話よぉ。あなたか……あなたの主が」

 ノエルが次々と挙げる仮説にも、グレイは笑みを貼り付けたまま眉一つ動かさない。
 ノエルの薄紅の瞳がグレイの紅を射抜く。

 数秒。
 数十秒。

 返事を返すつもりの無いらしいグレイに溜息一つ零すと、ノエルは石をポケットにしまい込んで肩を竦めた。





「別の喩えをしましょうか」
「どうぞお好きなように。もっとも、私は語る口を持っておりませんがね」
「流石はFool」
「私を愚者と仰いますか」

 タロットの喩えを出され、初めてグレイの笑みが深くなった。
「正位置は『始まり』。逆位置には……『愚かなふりをしている食わせ者』って意味もあるのよ。あなたらしいと思わない?」
 ノエルの言葉に沈黙が返る。
 ノエルはお構いなしに、軽く手振りを加えて先を続けた。

「そこから二十枚、一から二十までのカードが各国の英雄二十名。最後の一枚がWORLD――世界。面白いくらいに辻褄が合うのよね~。タロットは愚者が世界に至るまでの人生の物語らしいから」
「なるほど。なかなかに面白い。まさか科学者の口から蠱毒やタロットの発想が出ようとは、召還した当の人形にも思いもよりませんでしたよ。これは大変な逸材を引き当ててしまったらしい」
「『ブリアティルト』という未完成の夢を完全な世界に昇華させる物語。随分と大それた目論見だこと」
「貴女ほどではありませんよ」

 肯定も否定もしないグレイ。
 初めて切り替えされた言葉に、ノエルは笑みを消してゆっくりと足を組み替えた。
「なんのことぉ?」
「『完全な個人の復活』を研究している貴女こそ、神への反逆行為とやらではないか、と言っているんです」
「あたし無神論者なのよね~。教会で育っといてアレだけどぉ」

「……」
「……」

 沈黙が闇に溶ける。
 時間の存在しない狭間の空間にどれほどの刻が刻まれたのか……ややあって自嘲気味に笑んだグレイが片手を挙げた。




「ここにおいで頂いた本当の理由は、もうお解りかと思いますが。貴女は元の世界へ還る事も、再び英雄の雛鳥として彼の地に降り立つことも可能です。さて、いかがなさいますか?」
「無理矢理本題に戻したわね~」
「私は所詮、案内役の人形ですから」

 押しても引いても態度を変えぬ道化にちょっとウンザリしつつも、ノエルは迷い無く返事を返した。
「ブリアティルトに戻るわぁ。世界の謎も面白いし。それに……年を重ねず永遠に研究出来るなんて、研究者にとってこれ以上の環境って無いでしょう?」
「成る程」

 初めから答えなんて分かっていたくせに。そう思いつつノエルは椅子から立ち上がった。
同時に、右手側から黄金の光が差し込んだ。
「一応決まり事ですので伺っておきましょう。貴女の名前を、お聞かせ願えますか?」

「ノエル。ノエル・シュローニア・クルシェット」

 片手を腰に当て、背筋を伸ばして。
 義母からもらったフルネームを、彼女はこの地で初めて口にした。

「もう一つの名前は、聞かれても答えないわよ? あたしは唄を謳わない。そっちをアテにしてるんなら、『別のあたし』を喚ぶことね」
 それだけ告げると、ノエルは黄金の光――<<黄金の門>>へ向かって歩き出した。
 もう二度と振り向くことなく、黄金の光に右手を差し入れ、光の眩さに目を細めると一気に門をくぐり抜けた。



 ノエルと黄金の光が消え、暗闇の世界に人形がひとり。
「ふむ、『白にして白夜』を素材にすることは叶わぬ……か。まあ、いいでしょう。それでも十分に面白い実験になることでしょう」
 口元に指を添え、くつくつと嗤う人形はゆうらりと虚空に融けた。







 刻碑暦997年9月。
 歴史の歯車は、再び軋みをあげて回り始める――――――

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