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PBW偽シナリプレイ第1回【略奪団と勇敢な娘さん】
初掲載:2012/4/18
■オープニング
「悪の組織をぶっつぶす正義の勇者は居ないかーーーー!」
酒場に突然そんな声が響き渡った。
声のした方を見ると、酒場の入り口に仁王立ちする天野みこと、その後ろで赤面している中年男性の姿があった。
その後酒場の主人と中年男性のやりとりで、どうやら傭兵への依頼であるらしいと理解した面々が集まったテーブルで、困り果てた顔の中年男性――リックが口火を切った。
「リリーエを……略奪団に捕まった娘と積み荷を取り戻して頂きたいんです」
リックの話を要約すると以下である。
彼の商隊は、今回急ぎの荷(某村に頼まれた改良種)を積んでいたため今回は裏道の近道ルートを使用していた。
そこを略奪団に襲撃されたのである。
一応商人同士の情報交換で治安事情が分からない裏道の使用ということもあって護衛は多めに雇っていたのだが……激しい逃走戦の末、いくらかの積み荷と彼の娘のリリーエが奪われてしまったというのである。
「近くの村に避難した後、奪われなかった急ぎの種だけは早馬を出したのですが……娘のことが心配でならず、衛兵詰め所のあるこの町まで通報に来たのです」
「でもね~、衛兵の人たちってお役所仕事じゃん? 町の警備員減らせないとか上に連絡して指示を仰がなきゃどうたらとか言ってすぐに動いてくれないんだってさ。で、詰め所前でオジサンがすっごい困ったオーラ出してたからボクが声を掛けたんだ」
深刻な顔でうつむくリックの隣で、今こそ正義の出番なんだよっと熱く語るみこ。
リックの説明で大まかな話は理解できた。
襲撃の時に分かった範囲の戦力をと問うと、リックは依頼を受けて貰えそうだと勢い込んで話し出した。
「初めに矢を射かけられたので、射手が数人いると思います。10人強の人数に襲われましたがこちらの護衛も何人かに深手を負わせていたので、今なら10人は超えないんじゃないかと……多分ですが。特に目に付いたのは、戦場を素早く駆け抜け二本の剣を振るう剣士と、重圧の呪いを掛ける呪術師。それから親分らしき大男です。斧の一撃で護衛がまとめて吹き飛ばされた時には私も死を覚悟しました……娘が立ちふさがってくれなければ今頃私も……ああ、勇敢で愛らしいリリーエ。今頃粗野な男達に捕まってどんな恐ろしい目に遭っているかと思うと……。お願いです、荷物も大事ではありますが何よりも娘を、リリーエを助けて下さい! お願いします!!」
ついには涙ぐんで懇願を始めてしまったリックを宥めながら、みこがちょこっと補足した。
避難した先の村というのは襲撃場所から離れていないらしいので、そこでなら略奪団の出没情報などが聞けるんじゃないか。
それと、男祭りの中に年頃の娘さんが1人捕まってる状態だからとにかく急いだ方がいいと思うと。
「あ、それと言っておくけどボクも絶対行くからね! ヨロシク!」
初掲載:2012/4/18
■オープニング
「悪の組織をぶっつぶす正義の勇者は居ないかーーーー!」
酒場に突然そんな声が響き渡った。
声のした方を見ると、酒場の入り口に仁王立ちする天野みこと、その後ろで赤面している中年男性の姿があった。
その後酒場の主人と中年男性のやりとりで、どうやら傭兵への依頼であるらしいと理解した面々が集まったテーブルで、困り果てた顔の中年男性――リックが口火を切った。
「リリーエを……略奪団に捕まった娘と積み荷を取り戻して頂きたいんです」
リックの話を要約すると以下である。
彼の商隊は、今回急ぎの荷(某村に頼まれた改良種)を積んでいたため今回は裏道の近道ルートを使用していた。
そこを略奪団に襲撃されたのである。
一応商人同士の情報交換で治安事情が分からない裏道の使用ということもあって護衛は多めに雇っていたのだが……激しい逃走戦の末、いくらかの積み荷と彼の娘のリリーエが奪われてしまったというのである。
「近くの村に避難した後、奪われなかった急ぎの種だけは早馬を出したのですが……娘のことが心配でならず、衛兵詰め所のあるこの町まで通報に来たのです」
「でもね~、衛兵の人たちってお役所仕事じゃん? 町の警備員減らせないとか上に連絡して指示を仰がなきゃどうたらとか言ってすぐに動いてくれないんだってさ。で、詰め所前でオジサンがすっごい困ったオーラ出してたからボクが声を掛けたんだ」
深刻な顔でうつむくリックの隣で、今こそ正義の出番なんだよっと熱く語るみこ。
リックの説明で大まかな話は理解できた。
襲撃の時に分かった範囲の戦力をと問うと、リックは依頼を受けて貰えそうだと勢い込んで話し出した。
「初めに矢を射かけられたので、射手が数人いると思います。10人強の人数に襲われましたがこちらの護衛も何人かに深手を負わせていたので、今なら10人は超えないんじゃないかと……多分ですが。特に目に付いたのは、戦場を素早く駆け抜け二本の剣を振るう剣士と、重圧の呪いを掛ける呪術師。それから親分らしき大男です。斧の一撃で護衛がまとめて吹き飛ばされた時には私も死を覚悟しました……娘が立ちふさがってくれなければ今頃私も……ああ、勇敢で愛らしいリリーエ。今頃粗野な男達に捕まってどんな恐ろしい目に遭っているかと思うと……。お願いです、荷物も大事ではありますが何よりも娘を、リリーエを助けて下さい! お願いします!!」
ついには涙ぐんで懇願を始めてしまったリックを宥めながら、みこがちょこっと補足した。
避難した先の村というのは襲撃場所から離れていないらしいので、そこでなら略奪団の出没情報などが聞けるんじゃないか。
それと、男祭りの中に年頃の娘さんが1人捕まってる状態だからとにかく急いだ方がいいと思うと。
「あ、それと言っておくけどボクも絶対行くからね! ヨロシク!」
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■本文
◇
まだ夕暮れと言うには早いくらいの曖昧な時間。
街道から逸れたでこぼこ道を進む、風変わりな荷馬車の姿があった。
旧街道沿いのまばらな林から道が延びてはいたが、もう使う人も殆ど居ないのだろう荒れ放題の道を、がたごとと派手に揺れながら進む荷馬車。
「ば、馬車って揺れるんだね~」
ずれまくる眼鏡を押さえながら、ちょっと疲れ気味に天野みこがぼやいた。
「でも、困ってる人が居るので……怖いけど頑張らなきゃ……」
雨よけのシートを避けた板造りの荷台の縁に捕まりながら、俯き気味に呟くマナ。
「だからって、この格好は無いんじゃない? これじゃ戦闘しづらいじゃないか」
依頼の話を聞いた部隊員に無理矢理持たされたという豪華なドレスに身を包んだダンデリオンが、頬紅も不要なほど頬を染めて反論する。
彼女は一番目立つからと現在御者を務めている。作戦が始まったらクーフーリン(トークン)と御者を交代して隣に移動する予定だ。
「でも似合うよ~? ボクも村で調達しないで街でお嬢様っぽいの買ってくればよかったよ」
「そうですね……。でもお化粧は楽しかったです……」
荷台に乗るマナとみこは村で調達した村娘風の衣装に着替えていた。それでも囮に映えるマナには祭りで着るような余所行き風のワンピースを借りてきたのだが。
「まーまー、なんでもいいじゃない。面白くなりそうだしね~♪」
「ね~」
「あんたは喋っちゃダメ」
「ちぇ~」
馬車に併走するフェンさんと白麒麟(茶色くペイントして馬に偽装済み?)は、いつも通りのマイペースぶりである。
「ところで、村での情報じゃそろそろじゃないか?」
「そうだね~。クー召還しよっか~」
冷静に周囲を観察していたダンデリオンに促され、揺れる荷馬車で立ち上がろうとしてすっころぶみこ。
そろそろ、作戦開始。
◇
「どうやら、見張りは二人みてぇだなぁ」
岩壁沿いに隠れながらアジトの様子を偵察してきた信吾の言葉に、ふむと顔を見合わせる奇襲組。
砦と言い切るにはお粗末な急ごしらえらしき建物跡。周囲は開けているが荒れ放題で、街道からもそこまで近くない。いくらごろつき集団とはいえ、流石に風光明媚な場所にアジトを構えるほど暢気でもないのだろう。
それでも一応道はある。
当時使っていたであろう放置され放題の道が、向こうの林の間を抜けている。
「ちょっと強引だったでしょうか」
「普通の娘衆を装ってるんだ。道に迷ったと思うだろうさ。ヤツらがどう対処するかが問題だがな」
不安に顔を曇らせる光速の以下略さんに、それとなくフォローを入れるセシル。
もう少し奥まった場所で輸送機の整備をしていたソラコニオンが、手持ちぶさたになったのかてってけと軽い足取りでやってきた。
「つみにを ねらうのは いけません。わるいひとは せーばいです」
「積荷を盗むだけならいざ知らず、罪もねえか弱い女子を捕らえて危害を加えようってのは見過ごせねえ。海の義賊として、ここは一肌脱いでやるぜ」
てんてん跳ねながら同業者への同情らしき主張をするソラコニオンに、全くだと腕組みをして頷くセシル。微妙にズレているがお互い気付いていないようだ。
「向こうにも言い分があるかもしれませんが、それは捕まえてから衛兵に説明してもらいましょう」
「ま、丁度居合わせちまったのも何かの縁だしなぁ……、と」
光速の以下略さんの話にうなじを撫でながら返事していた信吾は、アジトの動きを感じ取り、足音を忍ばせて確認に向かった。
◇
「あ~あ、早く見張り交代しねぇかなぁ」
「酒呑みてぇ~~~~、酒ぇ!」
場面変わってアジト前。
見張り当番の二人は、既に中で始まっている酒盛りに恨めしげなグチを零していた。
「今日とっつかまえた可愛い子ちゃんに酌させてんだぜきっと。あー羨ましい~~」
「アン? お前あんなガキが好みなのかぁ? 見た目はまあまあだが、オレは街の女の方が趣味だね」
「熟女好きめ」
小バカにした目で見る仲間にジト目を返す。
あ~あ、何処かにカワイコチャンでも落ちてねーかなぁ。
まだ林の上に浮かぶ太陽を見つめ埒もないことを考えた時、風に乗って遠くから女の笑い声が聞こえてきた。
一度は幻聴だろうと笑い飛ばした相方だったが、よくよく耳を澄ましてみれば確かに複数の女の声が聞こえてくる。
二人は顔を見合わせ思案すると、熟女好きの方が声のする林の向こうへ様子伺いに走り出した。
程なく、酒盛りをしていたお頭に報告が入った。
護衛の男が一人付いただけの、身なりの良い娘と使用人らしき娘達を乗せた荷馬車がこちらへ向かってやってくると。
どうして身なりの良い娘が荷馬車に乗っているのか、どうしてこんな街道を外れた道を通ってくるのか。
そんな疑問を気にするような素面の人間はここには居ない。
「身なりのいい女に使用人の娘っこ。いいじゃねぇか。てめぇら準備しろや! カモ共をふん捕まえに行くぞォ!」
「アジトがバレてはつまらんからの。一人も逃がさんがよいわ」
ご機嫌に大斧を振り上げる親分に、他人事のように入れ知恵する髭の年寄り。
「バズ爺よォ、いつまでも酒呑んでねぇで支度しろつってんだろうよ」
「わしゃ行かん。昼の仕事で疲れてしもうたわ。年を取ると節々が痛んでいかんよなぁ……ああ、腰が痛い」
「あーもうわーったよ。おら、行くぞシー」
「……」
いつもの爺のワガママにウンザリしながら壁際の寡黙な男に声を掛け、動ける手下を引き連れてお頭は飛び込みの仕事に取りかかった。
全く働き者だぜオレ様~と思いながら。
◇
まだ夕暮れと言うには早いくらいの曖昧な時間。
街道から逸れたでこぼこ道を進む、風変わりな荷馬車の姿があった。
旧街道沿いのまばらな林から道が延びてはいたが、もう使う人も殆ど居ないのだろう荒れ放題の道を、がたごとと派手に揺れながら進む荷馬車。
「ば、馬車って揺れるんだね~」
ずれまくる眼鏡を押さえながら、ちょっと疲れ気味に天野みこがぼやいた。
「でも、困ってる人が居るので……怖いけど頑張らなきゃ……」
雨よけのシートを避けた板造りの荷台の縁に捕まりながら、俯き気味に呟くマナ。
「だからって、この格好は無いんじゃない? これじゃ戦闘しづらいじゃないか」
依頼の話を聞いた部隊員に無理矢理持たされたという豪華なドレスに身を包んだダンデリオンが、頬紅も不要なほど頬を染めて反論する。
彼女は一番目立つからと現在御者を務めている。作戦が始まったらクーフーリン(トークン)と御者を交代して隣に移動する予定だ。
「でも似合うよ~? ボクも村で調達しないで街でお嬢様っぽいの買ってくればよかったよ」
「そうですね……。でもお化粧は楽しかったです……」
荷台に乗るマナとみこは村で調達した村娘風の衣装に着替えていた。それでも囮に映えるマナには祭りで着るような余所行き風のワンピースを借りてきたのだが。
「まーまー、なんでもいいじゃない。面白くなりそうだしね~♪」
「ね~」
「あんたは喋っちゃダメ」
「ちぇ~」
馬車に併走するフェンさんと白麒麟(茶色くペイントして馬に偽装済み?)は、いつも通りのマイペースぶりである。
「ところで、村での情報じゃそろそろじゃないか?」
「そうだね~。クー召還しよっか~」
冷静に周囲を観察していたダンデリオンに促され、揺れる荷馬車で立ち上がろうとしてすっころぶみこ。
そろそろ、作戦開始。
◇
「どうやら、見張りは二人みてぇだなぁ」
岩壁沿いに隠れながらアジトの様子を偵察してきた信吾の言葉に、ふむと顔を見合わせる奇襲組。
砦と言い切るにはお粗末な急ごしらえらしき建物跡。周囲は開けているが荒れ放題で、街道からもそこまで近くない。いくらごろつき集団とはいえ、流石に風光明媚な場所にアジトを構えるほど暢気でもないのだろう。
それでも一応道はある。
当時使っていたであろう放置され放題の道が、向こうの林の間を抜けている。
「ちょっと強引だったでしょうか」
「普通の娘衆を装ってるんだ。道に迷ったと思うだろうさ。ヤツらがどう対処するかが問題だがな」
不安に顔を曇らせる光速の以下略さんに、それとなくフォローを入れるセシル。
もう少し奥まった場所で輸送機の整備をしていたソラコニオンが、手持ちぶさたになったのかてってけと軽い足取りでやってきた。
「つみにを ねらうのは いけません。わるいひとは せーばいです」
「積荷を盗むだけならいざ知らず、罪もねえか弱い女子を捕らえて危害を加えようってのは見過ごせねえ。海の義賊として、ここは一肌脱いでやるぜ」
てんてん跳ねながら同業者への同情らしき主張をするソラコニオンに、全くだと腕組みをして頷くセシル。微妙にズレているがお互い気付いていないようだ。
「向こうにも言い分があるかもしれませんが、それは捕まえてから衛兵に説明してもらいましょう」
「ま、丁度居合わせちまったのも何かの縁だしなぁ……、と」
光速の以下略さんの話にうなじを撫でながら返事していた信吾は、アジトの動きを感じ取り、足音を忍ばせて確認に向かった。
◇
「あ~あ、早く見張り交代しねぇかなぁ」
「酒呑みてぇ~~~~、酒ぇ!」
場面変わってアジト前。
見張り当番の二人は、既に中で始まっている酒盛りに恨めしげなグチを零していた。
「今日とっつかまえた可愛い子ちゃんに酌させてんだぜきっと。あー羨ましい~~」
「アン? お前あんなガキが好みなのかぁ? 見た目はまあまあだが、オレは街の女の方が趣味だね」
「熟女好きめ」
小バカにした目で見る仲間にジト目を返す。
あ~あ、何処かにカワイコチャンでも落ちてねーかなぁ。
まだ林の上に浮かぶ太陽を見つめ埒もないことを考えた時、風に乗って遠くから女の笑い声が聞こえてきた。
一度は幻聴だろうと笑い飛ばした相方だったが、よくよく耳を澄ましてみれば確かに複数の女の声が聞こえてくる。
二人は顔を見合わせ思案すると、熟女好きの方が声のする林の向こうへ様子伺いに走り出した。
程なく、酒盛りをしていたお頭に報告が入った。
護衛の男が一人付いただけの、身なりの良い娘と使用人らしき娘達を乗せた荷馬車がこちらへ向かってやってくると。
どうして身なりの良い娘が荷馬車に乗っているのか、どうしてこんな街道を外れた道を通ってくるのか。
そんな疑問を気にするような素面の人間はここには居ない。
「身なりのいい女に使用人の娘っこ。いいじゃねぇか。てめぇら準備しろや! カモ共をふん捕まえに行くぞォ!」
「アジトがバレてはつまらんからの。一人も逃がさんがよいわ」
ご機嫌に大斧を振り上げる親分に、他人事のように入れ知恵する髭の年寄り。
「バズ爺よォ、いつまでも酒呑んでねぇで支度しろつってんだろうよ」
「わしゃ行かん。昼の仕事で疲れてしもうたわ。年を取ると節々が痛んでいかんよなぁ……ああ、腰が痛い」
「あーもうわーったよ。おら、行くぞシー」
「……」
いつもの爺のワガママにウンザリしながら壁際の寡黙な男に声を掛け、動ける手下を引き連れてお頭は飛び込みの仕事に取りかかった。
全く働き者だぜオレ様~と思いながら。
◇
「ダンデさん、もっとお嬢様らしくしてよ~」
「む、無理ですよ! こんな格好しただけで勘弁して下さいよぉ」
御者台の助手席で俯くダンデリオンを更にからかおうとしたフェンさんは、目の端に何かの影が過ぎったのに気付きそっと荷台に合図した。
右手の林の中を人影が過ぎったような気がしたのだ。
このまま芝居を続けるか、影を確認に行くか。そう考えたのと同時に、右手の林から馬車の前方に人影が飛び出した。
「止まんなァ! こっから先は通せんぼだァ」
大斧を振り上げた大柄な男のダミ声に、馬車馬が驚いて踏鞴を踏んだ。
馬車が止まるのを見計らったかのように、大男の前に二本差しの剣士と、下っ端風の男二人が現れる。
「な、何のご用ですか」
「ちょっとこっち来ないでよー」
ダンデリオンが怯えたような声を上げ、フェンさんが迷惑気な顔をして白麒麟の馬首を巡らせる。併せてクーフーリンにも馬車の方向転換の指示を出そうとした時、馬車の後方にも人影が現れた。
林から飛び出してきたのは、前方にいるのと同じような風体の下っ端三人。一人は抜き身の剣を持ち、残り二人は距離を測りながら弓をつがえている。
「おう、おめぇら娘っこの顔に傷つけんじゃねぇぞ。値段が下がっちまうからなァ!」
「「「「「へい、お頭!」」」」」
下卑た笑いを浮かべるお頭の命令に、下っ端五人の声が唱和する。
お頭は、本気で恐怖に顔を引きつらせて震えているマナをにやついた顔で眺め、次いで御者台から降りてくるクーフーリンに目をやった。
「シー、おめぇはあの護衛の始末だ」
お頭の声に、唯一沈黙を守っていた二本差しの剣士が獲物を抜いた。
「よぉし、かかれェ!!」
頭の号令に、略奪団達は一斉に動き出した。
◇
「出て行ったのは七人だったぜぇ。で、見張りに残ってんのが二人だな」
「……話に聞いていた動けそうな人材というのは、殆ど出て行きましたね」
「はやく わるいひとを やっつけましょうー」
ひそひそと囁きながら見張りと誘き出された連中の様子を確認する一同。
飛び出していった連中が林の道に消えて暫くした頃、四人は顔を見合わせた。
「……よし。いくぞ野郎共、ぬかるんじゃねぇぜ」
セシルが小声ながらも力強い口調で作戦開始を告げると同時に、彼らは一気に見張りの元に走り出した。
「今夜の休憩が楽しみだぜ~」
「追加ったってまたガキじゃねぇか。つまん……!?」
「だいこんはっしゃー」
熟女好きが高速で迫る飛行物体に口を開けた瞬間、巨大な爆発音が響き渡った。
隣で浮かれていた仲間が何かに襲撃された? そう考えるよりも早く剣を抜いた男の眼前、煙が薄れる中に襲撃者らしき人影と変な形の浮遊物体の輪郭がかいま見えた。
「敵しゅ!?」
警戒の声を、湾曲した剣先が遮った。
反射的に突き出した男の剣は白い服の脇腹を切り裂いてはいたが、セシルの痛烈な太刀筋に最後まで言葉を発することは出来なかった。
「射撃で始末してもらうつもりだったんだがな」
「まあ、仲間呼ばれるよりぁマシってもんさぁ」
足元に転がった男が完全に気絶しているのを確認して息を付くセシルに、周囲を警戒しつつ声を掛ける信吾。
輸送機に積んでいたロープを取り出して来た光速の以下略さんと、軍隊仕込みの捕縛術を知る信吾で手早く見張りを縛り上げると、出戻ってきた連中に見つからないように岩壁の影に隠し、建物に入りきらない輸送機に未練たらたらなソラコニオンを宥めすかして一同はアジトへと入っていった。
「ダンデさん、もっとお嬢様らしくしてよ~」
「む、無理ですよ! こんな格好しただけで勘弁して下さいよぉ」
御者台の助手席で俯くダンデリオンを更にからかおうとしたフェンさんは、目の端に何かの影が過ぎったのに気付きそっと荷台に合図した。
右手の林の中を人影が過ぎったような気がしたのだ。
このまま芝居を続けるか、影を確認に行くか。そう考えたのと同時に、右手の林から馬車の前方に人影が飛び出した。
「止まんなァ! こっから先は通せんぼだァ」
大斧を振り上げた大柄な男のダミ声に、馬車馬が驚いて踏鞴を踏んだ。
馬車が止まるのを見計らったかのように、大男の前に二本差しの剣士と、下っ端風の男二人が現れる。
「な、何のご用ですか」
「ちょっとこっち来ないでよー」
ダンデリオンが怯えたような声を上げ、フェンさんが迷惑気な顔をして白麒麟の馬首を巡らせる。併せてクーフーリンにも馬車の方向転換の指示を出そうとした時、馬車の後方にも人影が現れた。
林から飛び出してきたのは、前方にいるのと同じような風体の下っ端三人。一人は抜き身の剣を持ち、残り二人は距離を測りながら弓をつがえている。
「おう、おめぇら娘っこの顔に傷つけんじゃねぇぞ。値段が下がっちまうからなァ!」
「「「「「へい、お頭!」」」」」
下卑た笑いを浮かべるお頭の命令に、下っ端五人の声が唱和する。
お頭は、本気で恐怖に顔を引きつらせて震えているマナをにやついた顔で眺め、次いで御者台から降りてくるクーフーリンに目をやった。
「シー、おめぇはあの護衛の始末だ」
お頭の声に、唯一沈黙を守っていた二本差しの剣士が獲物を抜いた。
「よぉし、かかれェ!!」
頭の号令に、略奪団達は一斉に動き出した。
◇
「出て行ったのは七人だったぜぇ。で、見張りに残ってんのが二人だな」
「……話に聞いていた動けそうな人材というのは、殆ど出て行きましたね」
「はやく わるいひとを やっつけましょうー」
ひそひそと囁きながら見張りと誘き出された連中の様子を確認する一同。
飛び出していった連中が林の道に消えて暫くした頃、四人は顔を見合わせた。
「……よし。いくぞ野郎共、ぬかるんじゃねぇぜ」
セシルが小声ながらも力強い口調で作戦開始を告げると同時に、彼らは一気に見張りの元に走り出した。
「今夜の休憩が楽しみだぜ~」
「追加ったってまたガキじゃねぇか。つまん……!?」
「だいこんはっしゃー」
熟女好きが高速で迫る飛行物体に口を開けた瞬間、巨大な爆発音が響き渡った。
隣で浮かれていた仲間が何かに襲撃された? そう考えるよりも早く剣を抜いた男の眼前、煙が薄れる中に襲撃者らしき人影と変な形の浮遊物体の輪郭がかいま見えた。
「敵しゅ!?」
警戒の声を、湾曲した剣先が遮った。
反射的に突き出した男の剣は白い服の脇腹を切り裂いてはいたが、セシルの痛烈な太刀筋に最後まで言葉を発することは出来なかった。
「射撃で始末してもらうつもりだったんだがな」
「まあ、仲間呼ばれるよりぁマシってもんさぁ」
足元に転がった男が完全に気絶しているのを確認して息を付くセシルに、周囲を警戒しつつ声を掛ける信吾。
輸送機に積んでいたロープを取り出して来た光速の以下略さんと、軍隊仕込みの捕縛術を知る信吾で手早く見張りを縛り上げると、出戻ってきた連中に見つからないように岩壁の影に隠し、建物に入りきらない輸送機に未練たらたらなソラコニオンを宥めすかして一同はアジトへと入っていった。
◇
小娘ばっかりの集団。
特に小柄な娘っこは怯えて震えまくっている。
だから今回の仕事はあのいけ好かねぇ美形護衛をヤっちまえばそれで終了だと思っていた。
荷台に隠した日本刀『鈴猫』を掴んだマナが飛び出すまでは――
集団の中で誰よりも早く動いたのは、略奪団の予想を裏切って最も非力そうなマナだった。
「ご、ごめんなさいっ」
スピードに長けたマナが馬車の前に飛び出した瞬間、小さな謝罪の言葉が耳に届く頃には一番前に出ていた剣使いの下っ端が血しぶきを上げて崩れ落ちていた。
「な、なんだァ!?」
「演技だったって事だよー」
「だよー」
驚きの声を上げるお頭にからかいを含んだ声を浴びせ、フェンさんは戦力の薄い後方へ走り出した。
自分が居た馬車右側方面に立っていた弓使いを素早く撃ち抜き、そのままの勢いで右手の林へ走り込む。
馬を狙えば逃げられない位に考えていた弓使いは対応する暇もなく、弓を取り落としてうずくまった。
まんまと嵌められた事に気付いたお頭の顔色が変わる。
「シー!!」
頼りの二刀剣士は我関せずとクーフーリンに斬りかかった。二発入れば倒れない者は居ない……それは今までの仕事における絶大な自信だったのだが。
大振りの槍を斜めに構えて剣戟を受けた鎧の男は、確実に二発受けた上で尚倒れなかった。
いつものように距離を開けようと重心を傾けた瞬間、行く手に槍が突き立った。一撃離脱の戦法を封じられた二刀剣士は、無言で鎧と槍を見つめた。
予想外の状況に泡を食いながらも戦況を見据え、お頭が手早く指示を出す。
頼みの懐刀でも倒せないタフな鎧より、まず自分側に接近してきた凄腕の小娘を潰せ。
指示に従い、馬車の前後から弓使いがマナ目がけて矢を射掛け、後ろから回り込んできた剣士が斬りつけたが、マナはそれら全てを宙を舞うような動きで回避してしまった。
指示をしくじった。冷や汗を流すお頭の視界に鮮やかなオレンジが映りこんだ。
馬車前方側の弓使いに飛びかかったダンデリオンである。
「全ての力の源よ 優しき流れ たゆとう水よ 我が手に集いて力となれ!」
ドレスを翻してチンピラに腕を突き出したダンデリオンの指輪と瞳から、冷気の魔力が迸る。
右半身に凍傷を起こして蹲る手下。
「魔法使いまでいやがったのかァ!」
ダミ声で吼えたお頭は、大斧を振り上げダンデリオンへ斬りかかった。
自分の側へ攻め込んでいるのは避けまくる小娘と魔法使いの小娘。なら、考えるまでもなく狙うのは後者である。
「テメェが人質になりゃァ、形勢逆転なんだよォ!!」
無骨な大斧が風を切って横殴りに襲いかかった。
「っ!!」
「ダンデリオンさんっ!!」
マナの悲鳴がまばらな林に響き渡る。
タフで豪腕。
そう聞いていたのだ。
自由にさせておけば弱いところを攻められるのは、遠征でも思い知っていた筈だった……のに。
愉悦に歪むお頭の顔が、ダンデリオンの意識から遠のいていった。
小娘ばっかりの集団。
特に小柄な娘っこは怯えて震えまくっている。
だから今回の仕事はあのいけ好かねぇ美形護衛をヤっちまえばそれで終了だと思っていた。
荷台に隠した日本刀『鈴猫』を掴んだマナが飛び出すまでは――
集団の中で誰よりも早く動いたのは、略奪団の予想を裏切って最も非力そうなマナだった。
「ご、ごめんなさいっ」
スピードに長けたマナが馬車の前に飛び出した瞬間、小さな謝罪の言葉が耳に届く頃には一番前に出ていた剣使いの下っ端が血しぶきを上げて崩れ落ちていた。
「な、なんだァ!?」
「演技だったって事だよー」
「だよー」
驚きの声を上げるお頭にからかいを含んだ声を浴びせ、フェンさんは戦力の薄い後方へ走り出した。
自分が居た馬車右側方面に立っていた弓使いを素早く撃ち抜き、そのままの勢いで右手の林へ走り込む。
馬を狙えば逃げられない位に考えていた弓使いは対応する暇もなく、弓を取り落としてうずくまった。
まんまと嵌められた事に気付いたお頭の顔色が変わる。
「シー!!」
頼りの二刀剣士は我関せずとクーフーリンに斬りかかった。二発入れば倒れない者は居ない……それは今までの仕事における絶大な自信だったのだが。
大振りの槍を斜めに構えて剣戟を受けた鎧の男は、確実に二発受けた上で尚倒れなかった。
いつものように距離を開けようと重心を傾けた瞬間、行く手に槍が突き立った。一撃離脱の戦法を封じられた二刀剣士は、無言で鎧と槍を見つめた。
予想外の状況に泡を食いながらも戦況を見据え、お頭が手早く指示を出す。
頼みの懐刀でも倒せないタフな鎧より、まず自分側に接近してきた凄腕の小娘を潰せ。
指示に従い、馬車の前後から弓使いがマナ目がけて矢を射掛け、後ろから回り込んできた剣士が斬りつけたが、マナはそれら全てを宙を舞うような動きで回避してしまった。
指示をしくじった。冷や汗を流すお頭の視界に鮮やかなオレンジが映りこんだ。
馬車前方側の弓使いに飛びかかったダンデリオンである。
「全ての力の源よ 優しき流れ たゆとう水よ 我が手に集いて力となれ!」
ドレスを翻してチンピラに腕を突き出したダンデリオンの指輪と瞳から、冷気の魔力が迸る。
右半身に凍傷を起こして蹲る手下。
「魔法使いまでいやがったのかァ!」
ダミ声で吼えたお頭は、大斧を振り上げダンデリオンへ斬りかかった。
自分の側へ攻め込んでいるのは避けまくる小娘と魔法使いの小娘。なら、考えるまでもなく狙うのは後者である。
「テメェが人質になりゃァ、形勢逆転なんだよォ!!」
無骨な大斧が風を切って横殴りに襲いかかった。
「っ!!」
「ダンデリオンさんっ!!」
マナの悲鳴がまばらな林に響き渡る。
タフで豪腕。
そう聞いていたのだ。
自由にさせておけば弱いところを攻められるのは、遠征でも思い知っていた筈だった……のに。
愉悦に歪むお頭の顔が、ダンデリオンの意識から遠のいていった。
◇
一方その頃。
「な、何じゃ!? 何の音じゃ!」
「ば、爆発みてぇな音でしたが……」
アジトに残って酒盛りを続けていた呪術師爺いと怪我人達は、アジトの天井を揺るがす爆発音に文字通り飛び上がって驚いた。
「ま、まさかお頭が負けて逆襲されてるとか……?」
「いや待てよ、今日襲った連中が仕返しに来やがったのかもしれねぇぞ」
酔いも吹き飛んだ男達がひそひそと囁き交わし、一斉に壁際へ視線を移した。
縛り上げられたあげく猿ぐつわまでされた少女の、今にも噛み付きそうな凝視と目が合った。
一同に沈黙が落ちる。
これ……を取り返しに来たのだろうか。
この、見た目は良いが、お頭の腕に全力で噛み付くような向こう見ずな女を……。
「むむむ、とにかくじゃ。お前。お前ちょいと偵察に行って来んか」
指名された下っ端は、利き腕が痛いのにとダダをこねたが結局老人に言いくるめられ、足音を殺 し て偵察に出て行った。
下っ端はアジトの構造に詳しかった。
しかし襲撃者は派手な音を立てたわりに慎重に探索していた。
手練れの傭兵に見つかっては、怪我人のチンピラ程度が逃げ切れるはずは無かった。
と、いうわけで。
「さて、攫った娘の居場所を吐いてもらおうか?」
「あー、俺っち腕が疲れちまったなぁ。そろそろ間違って弾ぁぶっ放しちまうかもしれねぇなぁ。……なぁ?」
光速の以下略さんが見張りに立ち、縛り上げた下っ端の首筋にカトラスを当て、こめかみにライフルの銃口を突きつけて。
両側から耳元で囁くように、静かに静かに脅しを掛けるセシルと信吾。
ソラコニオンは信吾の手元を狂わせない事を考慮しているのか、ただの趣味か、室内をてってけと捜索して回っている。
作戦時に言い含められているので、無頓着そうな足取りに見えて物音は立てていない。
この部屋は物置らしく、薪の山と小型の荷車が乱雑に置かれているだけで役に立ちそうな物は無いようだ。
「い、言います言」
「もっと小声で話せ。オトモダチに聞こえたら困るだろ?」
「それからよぉ、聞いただけじゃ分かんねぇから案内してくれねぇかなぁ。お前さんが親切だと俺っち超助かるんだけどよぉ」
馴れ馴れしく肩に腕を回しつつ銃口でこめかみぐりぐりされて、下っ端は情けない表情でカクカクと微妙な動きで頷いた。
大きく頷くとカトラスがうっかり刺さったりしそうで怖かったのだ。
「……戻って来んのう」
「逃げた方がいいんじゃねぇですかい?」
宴会を開いていた大部屋に残っていた一同は、襲撃者にバレないようひそひそと不安げに囁きあっていた。
「逃げる……。逃げ切れるかのう、儂」
「「「じゃ、お疲れ様っす」」」
「年寄りを置き去りにするやつがあるかっ。呪うぞお前らっ」
足の遅い爺を置き逃げしようとした下っ端を叱りつけ、うっかり出した大声に自分で狼狽える呪術師。
とりあえず、残った四人で考えた結果こういう話に決まった。
『人質を盾に取ってみんなで逃げる』と。
一方その頃。
「な、何じゃ!? 何の音じゃ!」
「ば、爆発みてぇな音でしたが……」
アジトに残って酒盛りを続けていた呪術師爺いと怪我人達は、アジトの天井を揺るがす爆発音に文字通り飛び上がって驚いた。
「ま、まさかお頭が負けて逆襲されてるとか……?」
「いや待てよ、今日襲った連中が仕返しに来やがったのかもしれねぇぞ」
酔いも吹き飛んだ男達がひそひそと囁き交わし、一斉に壁際へ視線を移した。
縛り上げられたあげく猿ぐつわまでされた少女の、今にも噛み付きそうな凝視と目が合った。
一同に沈黙が落ちる。
これ……を取り返しに来たのだろうか。
この、見た目は良いが、お頭の腕に全力で噛み付くような向こう見ずな女を……。
「むむむ、とにかくじゃ。お前。お前ちょいと偵察に行って来んか」
指名された下っ端は、利き腕が痛いのにとダダをこねたが結局老人に言いくるめられ、足音を殺 し て偵察に出て行った。
下っ端はアジトの構造に詳しかった。
しかし襲撃者は派手な音を立てたわりに慎重に探索していた。
手練れの傭兵に見つかっては、怪我人のチンピラ程度が逃げ切れるはずは無かった。
と、いうわけで。
「さて、攫った娘の居場所を吐いてもらおうか?」
「あー、俺っち腕が疲れちまったなぁ。そろそろ間違って弾ぁぶっ放しちまうかもしれねぇなぁ。……なぁ?」
光速の以下略さんが見張りに立ち、縛り上げた下っ端の首筋にカトラスを当て、こめかみにライフルの銃口を突きつけて。
両側から耳元で囁くように、静かに静かに脅しを掛けるセシルと信吾。
ソラコニオンは信吾の手元を狂わせない事を考慮しているのか、ただの趣味か、室内をてってけと捜索して回っている。
作戦時に言い含められているので、無頓着そうな足取りに見えて物音は立てていない。
この部屋は物置らしく、薪の山と小型の荷車が乱雑に置かれているだけで役に立ちそうな物は無いようだ。
「い、言います言」
「もっと小声で話せ。オトモダチに聞こえたら困るだろ?」
「それからよぉ、聞いただけじゃ分かんねぇから案内してくれねぇかなぁ。お前さんが親切だと俺っち超助かるんだけどよぉ」
馴れ馴れしく肩に腕を回しつつ銃口でこめかみぐりぐりされて、下っ端は情けない表情でカクカクと微妙な動きで頷いた。
大きく頷くとカトラスがうっかり刺さったりしそうで怖かったのだ。
「……戻って来んのう」
「逃げた方がいいんじゃねぇですかい?」
宴会を開いていた大部屋に残っていた一同は、襲撃者にバレないようひそひそと不安げに囁きあっていた。
「逃げる……。逃げ切れるかのう、儂」
「「「じゃ、お疲れ様っす」」」
「年寄りを置き去りにするやつがあるかっ。呪うぞお前らっ」
足の遅い爺を置き逃げしようとした下っ端を叱りつけ、うっかり出した大声に自分で狼狽える呪術師。
とりあえず、残った四人で考えた結果こういう話に決まった。
『人質を盾に取ってみんなで逃げる』と。
◇
戦場に緊張が走り抜ける。
慌ててダンデリオンに駆けつけようと踵を返したマナの目に、オレンジに翳された無骨な大斧が飛び込んだ。
「オトモダチの命が惜しかったら、動くんじゃねぇぞ。アァ!?」
牽制するようにマナとクーフーリンへ順繰りに視線を向け、勝ち誇った笑みを浮かべる。
その時。
「正義の勇者に敗北はない!」
突然聞こえた女の声に虚を突かれ、慌ててそちらへ振り返った。
荷台の上に変なポーズを決める眼鏡の小娘が立っていた。
うかつだった。先に飛びかかってきた女共が強すぎてすっかり人数勘定を忘れていた。
もう一人、どさくさに紛れて荷台の中に隠れていやがったのだ。
しかも、最悪なことにその女は人質を全く気にしていない風だった。
「イカレた小娘よぉく見やがれ! こっちには人質が……」
「英霊召還、サマリカーーーーム!」
お頭とイカレた小娘こと、みこの声が見事にハモった。
次の瞬間、“荷台の上で”ダンデリオンが身を起こした。
お頭が足元を見ると、あの鮮やかなオレンジは跡形もなく消え失せていた。
「き……奇跡使いまで居やがったのかァ…………!?」
暗くなる視界の端に、荷台の二人の元へ駆けつける護衛の姿と風のように駆けてくるマナの姿が映り込んだ。
「お、お友達をいじめる人は許せませんっ」
半泣きの表情を浮かべたマナが懐を走り抜け馬車の方へ向かう背後で、巨体が血しぶきを上げて倒れ込んだ。
「ひ、ヒィ!」
「逃――」
弓使いは情けない台詞すら最後まで言い切れずに、足を撃ち抜かれて倒れ込んだ。
林の中を回り込んできたフェンさんが通りがかりに撃ち抜いたのだ。
残る二刀剣士と逃げ腰の剣使いの間合いから離れた荷馬車後方まで駆け抜けて、戦況を伺うフェンさん。
「逃げられるかなー?」
「無理だよねー」
さっきの緊張どこいったみたいなお気楽ぶりである。
剣使いの下っ端がアジト側へ踵を返す中、二刀剣士は表情も変えずに荷台に飛び乗りダンデリオンに斬りつけた。当然のようにクーフーリンが割って入る。
二本の剣を甘んじて受けたクーフーリンは、鎧の一部を破損しつつも尚無表情に立っていた。そして再び離脱を封じる槍の穂先。
無言無表情の二刀剣士の唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。
その胸元に容赦なく二対の指輪が突きつけられた。
「我は放つ、氷の飛礫ッ!」
一撃ならあるいは耐えられたのかもしれない。しかし、護衛の脇から飛び出してきた少女もまた、自分と同じ二刀流の使い手だったのだ。
二刀剣士は、無駄に拘り抜いた勝負の決着を見ぬまま、冷気の渦に呑まれて意識を手放した。
「一人逃げちゃったね~。追いかける?」
「ボクも連れて行って下さい!」
のほほんとした口調で仲間が集まる馬車脇に戻ってきたフェンさんに、ダンデリオンが真剣な顔で頼み込む。
フェンさんはまあいっかとダンデリオンを後ろに乗せ、逃げ出した下っ端の後を追って走り出した。負傷しているダンデリオンを気遣ってマナも後を追いかける。
ひとり残ったみこは周囲の惨状を見回すと、とりあえず勝利のポーズ(自己流)を決めてから荷台に積んでおいた縄を取り出した。
最後の一人は抜き身の剣を持ったまま、アジト方面に走っていた。
一番強いお頭が殺された(ように彼には見えた)以上、もはやどこにも逃げ場などないのだが恐怖に追い立てられるように必死に走った。
その横を、軽やかに茶色い物体が駆け抜ける。
「やっほー」
「やっほー」
「逃がさないよ!」
あっという間に前を塞がれあわあわと狼狽える下っ端の首筋に、冷たい金属の感触が添えられた。しかもその鋭利な金属ったらカタカタと震えていた。
「こ、降参して下さい……。大人しくしてくれたら何もしませんから…………」
「お、おおおおおお頭もみんなも死ヒッ」
「死んでませんっ。お頭さんも肩を切りつけただけです。その、血は沢山出ましたけど……手当てすれば大丈夫です……」
脅しながら怯えるマナの揺れる刀を首筋に添えられて、もはや話もろくに理解出来なかった下っ端だったが、最終的に説得の末降参……という結果に落ち着いた。
降参した途端に脅し役のマナがへたり込んでしまうハプニングはあったが、遠征先で慣れていた残り二人は落ち着いて男に銃と指輪を突きつけた。
戦場に緊張が走り抜ける。
慌ててダンデリオンに駆けつけようと踵を返したマナの目に、オレンジに翳された無骨な大斧が飛び込んだ。
「オトモダチの命が惜しかったら、動くんじゃねぇぞ。アァ!?」
牽制するようにマナとクーフーリンへ順繰りに視線を向け、勝ち誇った笑みを浮かべる。
その時。
「正義の勇者に敗北はない!」
突然聞こえた女の声に虚を突かれ、慌ててそちらへ振り返った。
荷台の上に変なポーズを決める眼鏡の小娘が立っていた。
うかつだった。先に飛びかかってきた女共が強すぎてすっかり人数勘定を忘れていた。
もう一人、どさくさに紛れて荷台の中に隠れていやがったのだ。
しかも、最悪なことにその女は人質を全く気にしていない風だった。
「イカレた小娘よぉく見やがれ! こっちには人質が……」
「英霊召還、サマリカーーーーム!」
お頭とイカレた小娘こと、みこの声が見事にハモった。
次の瞬間、“荷台の上で”ダンデリオンが身を起こした。
お頭が足元を見ると、あの鮮やかなオレンジは跡形もなく消え失せていた。
「き……奇跡使いまで居やがったのかァ…………!?」
暗くなる視界の端に、荷台の二人の元へ駆けつける護衛の姿と風のように駆けてくるマナの姿が映り込んだ。
「お、お友達をいじめる人は許せませんっ」
半泣きの表情を浮かべたマナが懐を走り抜け馬車の方へ向かう背後で、巨体が血しぶきを上げて倒れ込んだ。
「ひ、ヒィ!」
「逃――」
弓使いは情けない台詞すら最後まで言い切れずに、足を撃ち抜かれて倒れ込んだ。
林の中を回り込んできたフェンさんが通りがかりに撃ち抜いたのだ。
残る二刀剣士と逃げ腰の剣使いの間合いから離れた荷馬車後方まで駆け抜けて、戦況を伺うフェンさん。
「逃げられるかなー?」
「無理だよねー」
さっきの緊張どこいったみたいなお気楽ぶりである。
剣使いの下っ端がアジト側へ踵を返す中、二刀剣士は表情も変えずに荷台に飛び乗りダンデリオンに斬りつけた。当然のようにクーフーリンが割って入る。
二本の剣を甘んじて受けたクーフーリンは、鎧の一部を破損しつつも尚無表情に立っていた。そして再び離脱を封じる槍の穂先。
無言無表情の二刀剣士の唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。
その胸元に容赦なく二対の指輪が突きつけられた。
「我は放つ、氷の飛礫ッ!」
一撃ならあるいは耐えられたのかもしれない。しかし、護衛の脇から飛び出してきた少女もまた、自分と同じ二刀流の使い手だったのだ。
二刀剣士は、無駄に拘り抜いた勝負の決着を見ぬまま、冷気の渦に呑まれて意識を手放した。
「一人逃げちゃったね~。追いかける?」
「ボクも連れて行って下さい!」
のほほんとした口調で仲間が集まる馬車脇に戻ってきたフェンさんに、ダンデリオンが真剣な顔で頼み込む。
フェンさんはまあいっかとダンデリオンを後ろに乗せ、逃げ出した下っ端の後を追って走り出した。負傷しているダンデリオンを気遣ってマナも後を追いかける。
ひとり残ったみこは周囲の惨状を見回すと、とりあえず勝利のポーズ(自己流)を決めてから荷台に積んでおいた縄を取り出した。
最後の一人は抜き身の剣を持ったまま、アジト方面に走っていた。
一番強いお頭が殺された(ように彼には見えた)以上、もはやどこにも逃げ場などないのだが恐怖に追い立てられるように必死に走った。
その横を、軽やかに茶色い物体が駆け抜ける。
「やっほー」
「やっほー」
「逃がさないよ!」
あっという間に前を塞がれあわあわと狼狽える下っ端の首筋に、冷たい金属の感触が添えられた。しかもその鋭利な金属ったらカタカタと震えていた。
「こ、降参して下さい……。大人しくしてくれたら何もしませんから…………」
「お、おおおおおお頭もみんなも死ヒッ」
「死んでませんっ。お頭さんも肩を切りつけただけです。その、血は沢山出ましたけど……手当てすれば大丈夫です……」
脅しながら怯えるマナの揺れる刀を首筋に添えられて、もはや話もろくに理解出来なかった下っ端だったが、最終的に説得の末降参……という結果に落ち着いた。
降参した途端に脅し役のマナがへたり込んでしまうハプニングはあったが、遠征先で慣れていた残り二人は落ち着いて男に銃と指輪を突きつけた。
◇
一方その頃。
「うわ、蹴るなっ! 大人しくしやがれ!」
「両足縛ってるんだから立たせればいいんじゃね?」
「儂ゃ先にお頭に報告に」
「爺さん抜け駆けすんな!」
さて、娘を人質にと決めたまではよかったが、人質の活きが良すぎる上に統率する人間が居ないという状況で、なんだか大惨事になっていた。
その足元を白いのがてってけ走っていった。
「「「「………………」」」」
ふと視線を移すと、大根? っぽい物体が呪術師に向かって走っていた。
「それ だいこんはっ」
「爆弾はやめてくれ! 生き埋めになっちまう!」
「ちぇー」
更に背後から発せられた男の声に振り向くと、大広間の入り口に眼帯の男と黒服の女が立っていた。背後で爺の情けない悲鳴が上がる。
そのまま突撃してくる二人を見て、慌てた下っ端が人質の首筋にナイフを突きつけた。
慎重に距離を取って立ち止まる二人。
「そ、そのまま動くなよ……。後ろの変なの、テメェもだ! オレ達を見逃してくれりゃあ、この女には何もしねぇよ」
言いつつ、じりじりと裏の扉へ移動する下っ端三人組。人質を盾に取っている男を文字通り盾に、残り二人は我先に逃げ出そうと襲撃者の動きを観察している。
光速の以下略さんが扉脇の壁に背を預けて両手を挙げ、セシルがカトラスを下っ端達との中間辺りに向かって投げ出したのを確認すると、下っ端達はいそいそと逃走を開始した。
ふと、視界の端で壁際の女の服が風に靡いたような気がした。
瞬間、銃声が響き渡った。人質に突きつけていたナイフを握る腕を、扉脇に隠れていた信吾が光速の以下略さんの支援を得た威力で正確に撃ち抜いたのだ。
銃声を合図に、降参のフリをしていた二人も弾かれたように駆けだした。
セシルがカトラスを拾う間に、光速の以下略さんが撃たれた下っ端から人質を奪い取る。
下っ端も人質が無くなったら後がないと拳を振り上げ反撃を試みたが、風王絶対防御にあっさりと阻まれた。
もはやどこにも逃げ場は無かった。
カトラスを肩に担ぎ、露わになっている左目で睨みを利かせるセシル。
人質をしっかり抱いて、風の結界を巻き起こしている光速の以下略さん。
扉脇から鼻歌交じりにライフルのスコープを覗いている信吾。
そして、さっさと逃げようとして殴り倒された呪術師の背中に座り、足をぷらぷらさせているソラコニオン。
彼が戸口方面を封鎖する形になってしまっているため、一応全力逃走を試みる……なんてことももはや無理。
「い……命ばかりはお助け下さい…………」
下っ端達は両手を挙げて降参の意を示し、言われるがままに壁際に並び立った。
「あなたがリリーエさんですよね?」
「はい。助けて頂いてありがとうございました」
セシルと信吾が手分けして下っ端と呪術師を縛り上げている場所から少し離れて、光速の以下略さんは人質にされていた少女の猿ぐつわと縄を解いてやった。
顔が露わになれば、確かに父親のリックが自慢するくらいには美人の部類に入る少女だった。年の頃は十六、七だろうか。
「とりあえずコイツらは置いておいて、囮班の援護に行くか?」
「私はリリーエさんの護衛に残りますけど……。とりあえず外に出てみますか?」
「ありましたー おくに にもつがいっぱい ありますー」
てってけ他の部屋の探索に出ていたソラコニオンが上機嫌な様子で戻ってきた。
「荷物の方も荷馬車が来ねぇとどうにもならねぇしなぁ」
襲撃班の面々がリリーエを連れてアジトの外に出ると、夕日の下端がそろそろ林に掛かる頃合いだった。
先ほどより黒々として見える林を背に、がたごとと派手に揺れる荷馬車と、こちらに気付いたのかスピードを上げた馬影が見えた。
ソラコニオンが輸送機を取りに岩壁の方へ走り出す。
残りの三人は、リリーエにあれも仲間だと教え、荷馬車と馬影に向かって手を振った。
一方その頃。
「うわ、蹴るなっ! 大人しくしやがれ!」
「両足縛ってるんだから立たせればいいんじゃね?」
「儂ゃ先にお頭に報告に」
「爺さん抜け駆けすんな!」
さて、娘を人質にと決めたまではよかったが、人質の活きが良すぎる上に統率する人間が居ないという状況で、なんだか大惨事になっていた。
その足元を白いのがてってけ走っていった。
「「「「………………」」」」
ふと視線を移すと、大根? っぽい物体が呪術師に向かって走っていた。
「それ だいこんはっ」
「爆弾はやめてくれ! 生き埋めになっちまう!」
「ちぇー」
更に背後から発せられた男の声に振り向くと、大広間の入り口に眼帯の男と黒服の女が立っていた。背後で爺の情けない悲鳴が上がる。
そのまま突撃してくる二人を見て、慌てた下っ端が人質の首筋にナイフを突きつけた。
慎重に距離を取って立ち止まる二人。
「そ、そのまま動くなよ……。後ろの変なの、テメェもだ! オレ達を見逃してくれりゃあ、この女には何もしねぇよ」
言いつつ、じりじりと裏の扉へ移動する下っ端三人組。人質を盾に取っている男を文字通り盾に、残り二人は我先に逃げ出そうと襲撃者の動きを観察している。
光速の以下略さんが扉脇の壁に背を預けて両手を挙げ、セシルがカトラスを下っ端達との中間辺りに向かって投げ出したのを確認すると、下っ端達はいそいそと逃走を開始した。
ふと、視界の端で壁際の女の服が風に靡いたような気がした。
瞬間、銃声が響き渡った。人質に突きつけていたナイフを握る腕を、扉脇に隠れていた信吾が光速の以下略さんの支援を得た威力で正確に撃ち抜いたのだ。
銃声を合図に、降参のフリをしていた二人も弾かれたように駆けだした。
セシルがカトラスを拾う間に、光速の以下略さんが撃たれた下っ端から人質を奪い取る。
下っ端も人質が無くなったら後がないと拳を振り上げ反撃を試みたが、風王絶対防御にあっさりと阻まれた。
もはやどこにも逃げ場は無かった。
カトラスを肩に担ぎ、露わになっている左目で睨みを利かせるセシル。
人質をしっかり抱いて、風の結界を巻き起こしている光速の以下略さん。
扉脇から鼻歌交じりにライフルのスコープを覗いている信吾。
そして、さっさと逃げようとして殴り倒された呪術師の背中に座り、足をぷらぷらさせているソラコニオン。
彼が戸口方面を封鎖する形になってしまっているため、一応全力逃走を試みる……なんてことももはや無理。
「い……命ばかりはお助け下さい…………」
下っ端達は両手を挙げて降参の意を示し、言われるがままに壁際に並び立った。
「あなたがリリーエさんですよね?」
「はい。助けて頂いてありがとうございました」
セシルと信吾が手分けして下っ端と呪術師を縛り上げている場所から少し離れて、光速の以下略さんは人質にされていた少女の猿ぐつわと縄を解いてやった。
顔が露わになれば、確かに父親のリックが自慢するくらいには美人の部類に入る少女だった。年の頃は十六、七だろうか。
「とりあえずコイツらは置いておいて、囮班の援護に行くか?」
「私はリリーエさんの護衛に残りますけど……。とりあえず外に出てみますか?」
「ありましたー おくに にもつがいっぱい ありますー」
てってけ他の部屋の探索に出ていたソラコニオンが上機嫌な様子で戻ってきた。
「荷物の方も荷馬車が来ねぇとどうにもならねぇしなぁ」
襲撃班の面々がリリーエを連れてアジトの外に出ると、夕日の下端がそろそろ林に掛かる頃合いだった。
先ほどより黒々として見える林を背に、がたごとと派手に揺れる荷馬車と、こちらに気付いたのかスピードを上げた馬影が見えた。
ソラコニオンが輸送機を取りに岩壁の方へ走り出す。
残りの三人は、リリーエにあれも仲間だと教え、荷馬車と馬影に向かって手を振った。
◇
「本当にお世話になりました! 皆さんには感謝してもしきれません!!」
ひとまず荷馬車と輸送機にに積めるだけの積み荷(リリーエに確認してもらってリックの商品と思われる物を優先)と、略奪団を乗せて街に着いた頃にはすっかり日が落ちていた。
街の関所は傭兵待遇で入れて貰えるのでその辺は心配ないのだが、リックはさぞかし心配したことだろう。
積み荷の確認を放り出してリリーエを強く抱きしめ、感謝の言葉を告げるやいなやおいおい泣き出してしまったのだ。
とりあえず積み荷の方は、リックのフォローをしに来た従業員が慣れた手つきで帳簿片手に確認しているようだった。
「リリーエさん、ご無事で何よりです」
助け出されたと思ったら父親のお守りで大変そうなリリーエに、ダンデリオンがにこりと笑みを浮かべて声を掛けた。
「ええ、本当に……ありがとうございました」
ドレス姿でボーイッシュな顔立ちのダンデリオンにキリッとした笑みを向けられ、流石のリリーエも年頃の少女らしく照れる自分の頭が大丈夫か不安に駆られた。
ドレスなのに。
ドキッとしたら変じゃない? わたし変よねおバカさんっと。
荷馬車の方では、連れてきた衛兵達に略奪団の引き渡しやリック以外の盗品の処理について相談していた。
乗せきれなかった荷物については、衛兵任せになることだろう。
荷馬車の横にまとめて転がされている略奪団達の前に、小柄な少女の影が落ちた。
「盗賊団さん……斬りつけてごめんなさい……。でも、もうこんなことはやめてください……ね……」
泣きそうな顔でどうか更生して下さいと繰り返すマナの言葉に、略奪団それぞれがそっぽを向きながらウンザリした表情を浮かべていた。
ただ一人、二刀剣士だけは終始無表情のままであった。
「さて、一件落着っとくらぁ」
「全く……作戦上仕方がなかったとはいえ、スカートで戦闘は二度とごめんですよ……」
「まあいいじゃない~。報酬ももらえたしさ~」
「臨時収入~。フェンさんペンキ洗って~」
「後でー」
星空を見上げ、頭の後ろで腕を組む信吾の隣でぶつぶつと不満の声を上げるダンデリオン。
報酬の封筒を握りしめてご機嫌のフェンさんとまだ茶色い白麒麟。
「成功祝いに一杯やって行くか?」
「当然セシルさんのおごりですよねっ」
「セシルさん ふとっぱらー」
「ちょっと待てお前ら、誰もおごるだなんて言っ」
「違うんですか……」
「えー違うの? セシル船長~心狭~い」
打ち上げを提案したセシルに、からかい半分でたかる光速の以下略さんと、どこまで本気か予想が付かないソラコニオン。
「あ、すみません私そんなつもりで言ったんじゃないんです……。セシルさんは心狭くないです……」
みこに呟きの尻馬に乗られてしまって、慌てて訂正を入れるマナ。
一同は星空の中をわいわいと騒ぎつつ、結局は酒場へと足を向けた。
その後支払いがどうなったかは、神のみぞ知る……である。
☆----------☆
結果:成功
参加者(敬称略、順不同)
・マッカ
信吾 122g
ソラコニオン 109k
・セフィド
セシル 101l
光速の以下略さん 149e
マナ 117w
フェンさん 15qx
ダンデリオン 10dd
NPC 天野みこ 127o
「本当にお世話になりました! 皆さんには感謝してもしきれません!!」
ひとまず荷馬車と輸送機にに積めるだけの積み荷(リリーエに確認してもらってリックの商品と思われる物を優先)と、略奪団を乗せて街に着いた頃にはすっかり日が落ちていた。
街の関所は傭兵待遇で入れて貰えるのでその辺は心配ないのだが、リックはさぞかし心配したことだろう。
積み荷の確認を放り出してリリーエを強く抱きしめ、感謝の言葉を告げるやいなやおいおい泣き出してしまったのだ。
とりあえず積み荷の方は、リックのフォローをしに来た従業員が慣れた手つきで帳簿片手に確認しているようだった。
「リリーエさん、ご無事で何よりです」
助け出されたと思ったら父親のお守りで大変そうなリリーエに、ダンデリオンがにこりと笑みを浮かべて声を掛けた。
「ええ、本当に……ありがとうございました」
ドレス姿でボーイッシュな顔立ちのダンデリオンにキリッとした笑みを向けられ、流石のリリーエも年頃の少女らしく照れる自分の頭が大丈夫か不安に駆られた。
ドレスなのに。
ドキッとしたら変じゃない? わたし変よねおバカさんっと。
荷馬車の方では、連れてきた衛兵達に略奪団の引き渡しやリック以外の盗品の処理について相談していた。
乗せきれなかった荷物については、衛兵任せになることだろう。
荷馬車の横にまとめて転がされている略奪団達の前に、小柄な少女の影が落ちた。
「盗賊団さん……斬りつけてごめんなさい……。でも、もうこんなことはやめてください……ね……」
泣きそうな顔でどうか更生して下さいと繰り返すマナの言葉に、略奪団それぞれがそっぽを向きながらウンザリした表情を浮かべていた。
ただ一人、二刀剣士だけは終始無表情のままであった。
「さて、一件落着っとくらぁ」
「全く……作戦上仕方がなかったとはいえ、スカートで戦闘は二度とごめんですよ……」
「まあいいじゃない~。報酬ももらえたしさ~」
「臨時収入~。フェンさんペンキ洗って~」
「後でー」
星空を見上げ、頭の後ろで腕を組む信吾の隣でぶつぶつと不満の声を上げるダンデリオン。
報酬の封筒を握りしめてご機嫌のフェンさんとまだ茶色い白麒麟。
「成功祝いに一杯やって行くか?」
「当然セシルさんのおごりですよねっ」
「セシルさん ふとっぱらー」
「ちょっと待てお前ら、誰もおごるだなんて言っ」
「違うんですか……」
「えー違うの? セシル船長~心狭~い」
打ち上げを提案したセシルに、からかい半分でたかる光速の以下略さんと、どこまで本気か予想が付かないソラコニオン。
「あ、すみません私そんなつもりで言ったんじゃないんです……。セシルさんは心狭くないです……」
みこに呟きの尻馬に乗られてしまって、慌てて訂正を入れるマナ。
一同は星空の中をわいわいと騒ぎつつ、結局は酒場へと足を向けた。
その後支払いがどうなったかは、神のみぞ知る……である。
☆----------☆
結果:成功
参加者(敬称略、順不同)
・マッカ
信吾 122g
ソラコニオン 109k
・セフィド
セシル 101l
光速の以下略さん 149e
マナ 117w
フェンさん 15qx
ダンデリオン 10dd
NPC 天野みこ 127o
幕間(2→3)
初掲載日:2012/3/2
◇
刻碑暦1000年3月。5ヵ国間休戦協定当日。
ノエルは陸鑑きぬごしを<<黄金の門>>が見通せる丘の上に停泊させ、談話室で部隊の面々とお茶を飲んでいた。
既に各地での紛争は収束しており、現在は傭兵も全て解雇している。
談話室に居るのは、ノエルと少尉、ブラン、ハク、聖護院。waiβの基本メンバーだけである。
「<<黄金の門>>がキラキラしてるっきゅ~」
談話室の大窓に張り付いて、興味深そうにしっぽをぱたぱたさせている少尉。
「<<黄金の門>>が戦乱を収めるために召還した英雄達を送還しようとしている、という噂は本当なのでしょうか?」
「まあ、元の世界とやらに還るために戦ってた連中が大半だからな。皆、元の世界に家族も友人も居る。人生もある。……あるべき場所に戻る、それだけのことだ」
湯飲みを両手で包み込み不安そうに呟くブランに、ハクが言い聞かせるように返す。
「博士も還られるか」
うしゃぎの武人とは思えぬ優雅な所作でティーカップを口に運ぶ聖護院。
その言葉に、亜高速で振り向いた少尉と不安げなブランの視線がノエルを射抜いた。
何かの測定器をいじりながら聖護院お手製クッキーを頬張っていたノエルは、二人の視線に顔を上げるといつも通りのほわわんな笑みを浮かべてみせた。
「あたし、還る予定ないわよ~?」
その言葉に、少尉は窓から身を翻しダッシュでノエルに飛びついた。
「ホントかっきゅ? ちゃんと人間に戻してくれるっきゅ??」
「戻せるかどうかは先進医療が使える人材が確保できるか次第よぉ? 保管してある肉体さえちゃんと治療できればいいんだし。そもそも本体の脳波を人工の体と接続してるだけだしねぇ」
「……博士がお医者さんも覚えればいいっきゅ」
「ナマモノは専門外だしぃ。っていうか、ほんっとにあたしがナマモノ扱うようになってもいいの? 倫理的な意味で」
「…………」
ノエルの言葉に少尉は返す言葉が見つからなかった。
生き物まで本格的に改造し始めたらどうしよう、あんなクリーチャーやこんなクリーチャーが世に蔓延ってファンタジーな世界が一変ホラーになってしまうんじゃないか……。
そこまで考えたところで、あまりの恐ろしさに少尉は考えるのを諦めた。
「まあ、<<黄金の門>>が別世界の医者を召還してくれない限り難しいかもしれないけど~……っと」
ノエルの言葉を遮るように、手元の測定器が小さなアラーム音を響かせた。
ノエルは目を細めてそれを確認すると、少尉の頭をひと撫でし、クッキーを二つばかりつかみ取って立ち上がった。
「ちょっと研究室行ってくるわ~」
「もう正午だが。昼食はどうする?」
「ん。すぐ済むから適当に~。クッキーありがとね、美味しかった」
背中に掛けられた聖護院の声にのほほんと返し。
談話室の扉に手を掛けたところで室内に振り返ると、三年を共に過ごした仲間達へ柔らかな笑みを浮かべて扉を閉めた。
研究室の奥に飾ってある虹色の結晶。
それは、ノエルが元の世界で採取した惑星の鉱石。
この世界に召還された時に唯一持っていた品である。
「あと、二分」
正午――休戦協定会議が始まる時間まであと二分。
ノエルは合成水晶板のケースに飾ってあった鉱石を手に取ると、壁の時計に視線を移した。
『この時代が終わる』『次の時代』『巻き戻る』。
英雄戦が終わった辺りから、一部の傭兵達の間で囁かれ始めた言葉の片鱗。
意味は知らない。知識がない。
けれど、推測は出来る。
それを元に各地で調査を続けていた折、核心を突く情報を某探偵事務所で入手した。
『この世界は戦乱の三年を繰り返している』。
そこまでの情報が手に入ったなら、考えるのは次のことだ。
『何故繰り返すのか』『何故そんな現象が起こっているのか』。
英雄戦終了後からの数々の難題は、生粋の研究者であり探求者であるノエルの心をかき立てた。
こんな面白い研究課題があるなら、つまらないじじい達に嫌みを言われながら面倒な抗争や政略に発明を悪用される元の世界に還る必要なんかどこにもない。
むしろ、永遠に年を取らず記憶を持ち越したまま三年を繰り返すなら好都合なくらいなのだ。
「……あと、五秒」
巻き戻るとしたら休戦協定が始まる瞬間。
<<黄金の門>>の開放率も計測してある。
期限は間違いないはずだ。
『次の時代』でwaiβの面々始め交流を持った人々と再会出来るかどうかが心残りではあるけれど……そこまで考えて、ノエルはくすりと笑みを浮かべた。
(あたしが、こんな感傷に浸る日が来るなんて……ね)
元の世界には親しい人間など居なかった。
プライドに凝り固まった小うるさいじじい共。ノエルを利用しようと浅知恵を巡らせる為政者共。
心を許せるのは、ノエルが養女として引き取られる前から屋敷に仕えていたうしゃぎの使用人達と、最愛のおかーさんだけだったのに。
あたしは変わった。
それは良いことなのか悪いことなのか知らないけれど。
あたしは変わった。
「三、二、一……」
――さよなら、世界。
暗転。
一転して、そこは一面の闇だった。
手にした虹色の鉱石が放つ淡い光だけが手元を染める。
ノエルはゆっくりと右を見、左を見、手元の石をランプよろしく掲げると虚空に声を投げかけた。
「呼びつけておいて椅子もないなんて、随分と不作法なのね。ねえ? ……グレイ・クレイマン」
「これは失礼。高名なる博士にして黄金<<英雄>>の雛鳥であるお嬢さん」
何も見えない暗闇から、良く通るテノールの返事が返った。
同時に、ノエルの左横に華奢な細工が施された木製の椅子が現れる。
「あら、それってHERMITになり損ねたあたしへの嫌みかしらら?」
ノエルは遠慮無く椅子に腰掛けると白衣をはだけて足を組んだ。
その向かいに、虚空に腰掛け張り付いたような笑みを浮かべた男――グレイ・クレイマンがその姿を現した。
闇に白く滲むようなノエルと、暗闇に溶けてしまいそうなグレイ。
対照的な二人は、それぞれ内心の伺い知れない笑みを浮かべて対峙した。
「蠱毒(こどく)……って言うんだったかしらね? 何処かの世界の言葉で」
「……」
「強力な毒虫達を一つの入れ物に入れて喰らい合わせ、最強の一匹を作り上げる外法。……似てると思わない? この世界。虫を英雄候補に置き換えれば……ねぇ?」
「……」
無言を貫くグレイ。ノエルは手の中で虹色の石を弄びながら先を続けた。
「あなたが喩える錬金術とも近しいわねぇ。でも、造りたいのは本当に黄金なのかしら」
「さて、なんの事でしょうね?」
「本当は、黄金錬成の過程に錬成される賢者の石を手に入れたいんじゃないかって話よぉ。あなたか……あなたの主が」
ノエルが次々と挙げる仮説にも、グレイは笑みを貼り付けたまま眉一つ動かさない。
ノエルの薄紅の瞳がグレイの紅を射抜く。
数秒。
数十秒。
返事を返すつもりの無いらしいグレイに溜息一つ零すと、ノエルは石をポケットにしまい込んで肩を竦めた。
「別の喩えをしましょうか」
「どうぞお好きなように。もっとも、私は語る口を持っておりませんがね」
「流石はFool」
「私を愚者と仰いますか」
タロットの喩えを出され、初めてグレイの笑みが深くなった。
「正位置は『始まり』。逆位置には……『愚かなふりをしている食わせ者』って意味もあるのよ。あなたらしいと思わない?」
ノエルの言葉に沈黙が返る。
ノエルはお構いなしに、軽く手振りを加えて先を続けた。
「そこから二十枚、一から二十までのカードが各国の英雄二十名。最後の一枚がWORLD――世界。面白いくらいに辻褄が合うのよね~。タロットは愚者が世界に至るまでの人生の物語らしいから」
「なるほど。なかなかに面白い。まさか科学者の口から蠱毒やタロットの発想が出ようとは、召還した当の人形にも思いもよりませんでしたよ。これは大変な逸材を引き当ててしまったらしい」
「『ブリアティルト』という未完成の夢を完全な世界に昇華させる物語。随分と大それた目論見だこと」
「貴女ほどではありませんよ」
肯定も否定もしないグレイ。
初めて切り替えされた言葉に、ノエルは笑みを消してゆっくりと足を組み替えた。
「なんのことぉ?」
「『完全な個人の復活』を研究している貴女こそ、神への反逆行為とやらではないか、と言っているんです」
「あたし無神論者なのよね~。教会で育っといてアレだけどぉ」
「……」
「……」
沈黙が闇に溶ける。
時間の存在しない狭間の空間にどれほどの刻が刻まれたのか……ややあって自嘲気味に笑んだグレイが片手を挙げた。
「ここにおいで頂いた本当の理由は、もうお解りかと思いますが。貴女は元の世界へ還る事も、再び英雄の雛鳥として彼の地に降り立つことも可能です。さて、いかがなさいますか?」
「無理矢理本題に戻したわね~」
「私は所詮、案内役の人形ですから」
押しても引いても態度を変えぬ道化にちょっとウンザリしつつも、ノエルは迷い無く返事を返した。
「ブリアティルトに戻るわぁ。世界の謎も面白いし。それに……年を重ねず永遠に研究出来るなんて、研究者にとってこれ以上の環境って無いでしょう?」
「成る程」
初めから答えなんて分かっていたくせに。そう思いつつノエルは椅子から立ち上がった。
同時に、右手側から黄金の光が差し込んだ。
「一応決まり事ですので伺っておきましょう。貴女の名前を、お聞かせ願えますか?」
「ノエル。ノエル・シュローニア・クルシェット」
片手を腰に当て、背筋を伸ばして。
義母からもらったフルネームを、彼女はこの地で初めて口にした。
「もう一つの名前は、聞かれても答えないわよ? あたしは唄を謳わない。そっちをアテにしてるんなら、『別のあたし』を喚ぶことね」
それだけ告げると、ノエルは黄金の光――<<黄金の門>>へ向かって歩き出した。
もう二度と振り向くことなく、黄金の光に右手を差し入れ、光の眩さに目を細めると一気に門をくぐり抜けた。
ノエルと黄金の光が消え、暗闇の世界に人形がひとり。
「ふむ、『白にして白夜』を素材にすることは叶わぬ……か。まあ、いいでしょう。それでも十分に面白い実験になることでしょう」
口元に指を添え、くつくつと嗤う人形はゆうらりと虚空に融けた。
刻碑暦997年9月。
歴史の歯車は、再び軋みをあげて回り始める――――――
初掲載日:2012/3/2
◇
刻碑暦1000年3月。5ヵ国間休戦協定当日。
ノエルは陸鑑きぬごしを<<黄金の門>>が見通せる丘の上に停泊させ、談話室で部隊の面々とお茶を飲んでいた。
既に各地での紛争は収束しており、現在は傭兵も全て解雇している。
談話室に居るのは、ノエルと少尉、ブラン、ハク、聖護院。waiβの基本メンバーだけである。
「<<黄金の門>>がキラキラしてるっきゅ~」
談話室の大窓に張り付いて、興味深そうにしっぽをぱたぱたさせている少尉。
「<<黄金の門>>が戦乱を収めるために召還した英雄達を送還しようとしている、という噂は本当なのでしょうか?」
「まあ、元の世界とやらに還るために戦ってた連中が大半だからな。皆、元の世界に家族も友人も居る。人生もある。……あるべき場所に戻る、それだけのことだ」
湯飲みを両手で包み込み不安そうに呟くブランに、ハクが言い聞かせるように返す。
「博士も還られるか」
うしゃぎの武人とは思えぬ優雅な所作でティーカップを口に運ぶ聖護院。
その言葉に、亜高速で振り向いた少尉と不安げなブランの視線がノエルを射抜いた。
何かの測定器をいじりながら聖護院お手製クッキーを頬張っていたノエルは、二人の視線に顔を上げるといつも通りのほわわんな笑みを浮かべてみせた。
「あたし、還る予定ないわよ~?」
その言葉に、少尉は窓から身を翻しダッシュでノエルに飛びついた。
「ホントかっきゅ? ちゃんと人間に戻してくれるっきゅ??」
「戻せるかどうかは先進医療が使える人材が確保できるか次第よぉ? 保管してある肉体さえちゃんと治療できればいいんだし。そもそも本体の脳波を人工の体と接続してるだけだしねぇ」
「……博士がお医者さんも覚えればいいっきゅ」
「ナマモノは専門外だしぃ。っていうか、ほんっとにあたしがナマモノ扱うようになってもいいの? 倫理的な意味で」
「…………」
ノエルの言葉に少尉は返す言葉が見つからなかった。
生き物まで本格的に改造し始めたらどうしよう、あんなクリーチャーやこんなクリーチャーが世に蔓延ってファンタジーな世界が一変ホラーになってしまうんじゃないか……。
そこまで考えたところで、あまりの恐ろしさに少尉は考えるのを諦めた。
「まあ、<<黄金の門>>が別世界の医者を召還してくれない限り難しいかもしれないけど~……っと」
ノエルの言葉を遮るように、手元の測定器が小さなアラーム音を響かせた。
ノエルは目を細めてそれを確認すると、少尉の頭をひと撫でし、クッキーを二つばかりつかみ取って立ち上がった。
「ちょっと研究室行ってくるわ~」
「もう正午だが。昼食はどうする?」
「ん。すぐ済むから適当に~。クッキーありがとね、美味しかった」
背中に掛けられた聖護院の声にのほほんと返し。
談話室の扉に手を掛けたところで室内に振り返ると、三年を共に過ごした仲間達へ柔らかな笑みを浮かべて扉を閉めた。
研究室の奥に飾ってある虹色の結晶。
それは、ノエルが元の世界で採取した惑星の鉱石。
この世界に召還された時に唯一持っていた品である。
「あと、二分」
正午――休戦協定会議が始まる時間まであと二分。
ノエルは合成水晶板のケースに飾ってあった鉱石を手に取ると、壁の時計に視線を移した。
『この時代が終わる』『次の時代』『巻き戻る』。
英雄戦が終わった辺りから、一部の傭兵達の間で囁かれ始めた言葉の片鱗。
意味は知らない。知識がない。
けれど、推測は出来る。
それを元に各地で調査を続けていた折、核心を突く情報を某探偵事務所で入手した。
『この世界は戦乱の三年を繰り返している』。
そこまでの情報が手に入ったなら、考えるのは次のことだ。
『何故繰り返すのか』『何故そんな現象が起こっているのか』。
英雄戦終了後からの数々の難題は、生粋の研究者であり探求者であるノエルの心をかき立てた。
こんな面白い研究課題があるなら、つまらないじじい達に嫌みを言われながら面倒な抗争や政略に発明を悪用される元の世界に還る必要なんかどこにもない。
むしろ、永遠に年を取らず記憶を持ち越したまま三年を繰り返すなら好都合なくらいなのだ。
「……あと、五秒」
巻き戻るとしたら休戦協定が始まる瞬間。
<<黄金の門>>の開放率も計測してある。
期限は間違いないはずだ。
『次の時代』でwaiβの面々始め交流を持った人々と再会出来るかどうかが心残りではあるけれど……そこまで考えて、ノエルはくすりと笑みを浮かべた。
(あたしが、こんな感傷に浸る日が来るなんて……ね)
元の世界には親しい人間など居なかった。
プライドに凝り固まった小うるさいじじい共。ノエルを利用しようと浅知恵を巡らせる為政者共。
心を許せるのは、ノエルが養女として引き取られる前から屋敷に仕えていたうしゃぎの使用人達と、最愛のおかーさんだけだったのに。
あたしは変わった。
それは良いことなのか悪いことなのか知らないけれど。
あたしは変わった。
「三、二、一……」
――さよなら、世界。
暗転。
一転して、そこは一面の闇だった。
手にした虹色の鉱石が放つ淡い光だけが手元を染める。
ノエルはゆっくりと右を見、左を見、手元の石をランプよろしく掲げると虚空に声を投げかけた。
「呼びつけておいて椅子もないなんて、随分と不作法なのね。ねえ? ……グレイ・クレイマン」
「これは失礼。高名なる博士にして黄金<<英雄>>の雛鳥であるお嬢さん」
何も見えない暗闇から、良く通るテノールの返事が返った。
同時に、ノエルの左横に華奢な細工が施された木製の椅子が現れる。
「あら、それってHERMITになり損ねたあたしへの嫌みかしらら?」
ノエルは遠慮無く椅子に腰掛けると白衣をはだけて足を組んだ。
その向かいに、虚空に腰掛け張り付いたような笑みを浮かべた男――グレイ・クレイマンがその姿を現した。
闇に白く滲むようなノエルと、暗闇に溶けてしまいそうなグレイ。
対照的な二人は、それぞれ内心の伺い知れない笑みを浮かべて対峙した。
「蠱毒(こどく)……って言うんだったかしらね? 何処かの世界の言葉で」
「……」
「強力な毒虫達を一つの入れ物に入れて喰らい合わせ、最強の一匹を作り上げる外法。……似てると思わない? この世界。虫を英雄候補に置き換えれば……ねぇ?」
「……」
無言を貫くグレイ。ノエルは手の中で虹色の石を弄びながら先を続けた。
「あなたが喩える錬金術とも近しいわねぇ。でも、造りたいのは本当に黄金なのかしら」
「さて、なんの事でしょうね?」
「本当は、黄金錬成の過程に錬成される賢者の石を手に入れたいんじゃないかって話よぉ。あなたか……あなたの主が」
ノエルが次々と挙げる仮説にも、グレイは笑みを貼り付けたまま眉一つ動かさない。
ノエルの薄紅の瞳がグレイの紅を射抜く。
数秒。
数十秒。
返事を返すつもりの無いらしいグレイに溜息一つ零すと、ノエルは石をポケットにしまい込んで肩を竦めた。
「別の喩えをしましょうか」
「どうぞお好きなように。もっとも、私は語る口を持っておりませんがね」
「流石はFool」
「私を愚者と仰いますか」
タロットの喩えを出され、初めてグレイの笑みが深くなった。
「正位置は『始まり』。逆位置には……『愚かなふりをしている食わせ者』って意味もあるのよ。あなたらしいと思わない?」
ノエルの言葉に沈黙が返る。
ノエルはお構いなしに、軽く手振りを加えて先を続けた。
「そこから二十枚、一から二十までのカードが各国の英雄二十名。最後の一枚がWORLD――世界。面白いくらいに辻褄が合うのよね~。タロットは愚者が世界に至るまでの人生の物語らしいから」
「なるほど。なかなかに面白い。まさか科学者の口から蠱毒やタロットの発想が出ようとは、召還した当の人形にも思いもよりませんでしたよ。これは大変な逸材を引き当ててしまったらしい」
「『ブリアティルト』という未完成の夢を完全な世界に昇華させる物語。随分と大それた目論見だこと」
「貴女ほどではありませんよ」
肯定も否定もしないグレイ。
初めて切り替えされた言葉に、ノエルは笑みを消してゆっくりと足を組み替えた。
「なんのことぉ?」
「『完全な個人の復活』を研究している貴女こそ、神への反逆行為とやらではないか、と言っているんです」
「あたし無神論者なのよね~。教会で育っといてアレだけどぉ」
「……」
「……」
沈黙が闇に溶ける。
時間の存在しない狭間の空間にどれほどの刻が刻まれたのか……ややあって自嘲気味に笑んだグレイが片手を挙げた。
「ここにおいで頂いた本当の理由は、もうお解りかと思いますが。貴女は元の世界へ還る事も、再び英雄の雛鳥として彼の地に降り立つことも可能です。さて、いかがなさいますか?」
「無理矢理本題に戻したわね~」
「私は所詮、案内役の人形ですから」
押しても引いても態度を変えぬ道化にちょっとウンザリしつつも、ノエルは迷い無く返事を返した。
「ブリアティルトに戻るわぁ。世界の謎も面白いし。それに……年を重ねず永遠に研究出来るなんて、研究者にとってこれ以上の環境って無いでしょう?」
「成る程」
初めから答えなんて分かっていたくせに。そう思いつつノエルは椅子から立ち上がった。
同時に、右手側から黄金の光が差し込んだ。
「一応決まり事ですので伺っておきましょう。貴女の名前を、お聞かせ願えますか?」
「ノエル。ノエル・シュローニア・クルシェット」
片手を腰に当て、背筋を伸ばして。
義母からもらったフルネームを、彼女はこの地で初めて口にした。
「もう一つの名前は、聞かれても答えないわよ? あたしは唄を謳わない。そっちをアテにしてるんなら、『別のあたし』を喚ぶことね」
それだけ告げると、ノエルは黄金の光――<<黄金の門>>へ向かって歩き出した。
もう二度と振り向くことなく、黄金の光に右手を差し入れ、光の眩さに目を細めると一気に門をくぐり抜けた。
ノエルと黄金の光が消え、暗闇の世界に人形がひとり。
「ふむ、『白にして白夜』を素材にすることは叶わぬ……か。まあ、いいでしょう。それでも十分に面白い実験になることでしょう」
口元に指を添え、くつくつと嗤う人形はゆうらりと虚空に融けた。
刻碑暦997年9月。
歴史の歯車は、再び軋みをあげて回り始める――――――